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福岡高等裁判所 昭和49年(ネ)634号 判決

主文

一  控訴人の被控訴人安部虎之助、同安部清信に対する控訴を棄却する。

二  原判決中被控訴人安部安雄に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人の同被控訴人に対する訴は金一二四万〇、三三〇円の限度においてこれを却下する。

2  同被控訴人は控訴人に対し、金五六二万五、三七九円およびこれに対する昭和四三年九月四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  控訴人の同被控訴人に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、控訴人と被控訴人安部安雄との間に生じた分は、第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を同被控訴人の負担とし、控訴人のその余の被控訴人らに対する控訴費用は控訴人の負担とする。

四  この判決は、控訴人の勝訴部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

一  控訴代理人は「原判決を次のとおり変更する。被控訴人らは連帯して控訴人に対し、金九〇〇万円およびこれに対する昭和四三年九月三日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の主張は、次に述べるほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決七枚目表四行目に「一ケ月二、〇〇〇円」とあるのは「一日二、〇〇〇円」の、また同八枚目表一〇行目に「20,500」とあるのは「20,000」の誤記であるから、それぞれその旨訂正する。)。

控訴代理人の主張

被控訴人が、本案前の抗弁として主張する不起訴の合意は、訴訟法上のいわゆる不起訴合意にあたらない。

被控訴人らの主張

(一)  原判決六枚目裏五行目の抗弁の1、の部分を次のとおり訂正する。

1  本案前の抗弁

控訴人と被控訴人安雄間に、昭和四三年九月一三日、被控訴人虎之助、同清信を連帯保証人として、本件事故につき、事故発生後六か月(一八〇日)間に生じ、または生ずべき一切の損害につき、後記内容の和解契約が締結され、右損害については今後訴訟をしない旨の不起訴合意が成立した。したがつて、本訴のうち、事故発生後六か月以内に生じた損害は、治療費のみならず、その他のすべての損害について、権利保護の利益を欠くものとして却下さるべきである。

(二)  同七枚目裏三行目の「よつて」より同五行目の「義務はない」までを「よつて、右六か月間に関する限り、控訴人が被控訴人らに対して損害賠償を求める訴権は完全に消滅したものである。」と訂正する。

(三)  また、控訴人の入院治療期間六四九日は、控訴人の受傷の程度よりみて些か長きにすぎるものであり、また控訴人を治療した病院側も「治療費を即金で支払えば金二〇〇万円に減額する」旨述べていることよりすれば、控訴人の受傷と相当因果関係にある治療費の額は金二〇〇万円と認めるのが相当である。

(四)  なお、逸失利益の算定にあたつては、事故後における賃金の上昇は斟酌すべきでなく、事故当時に控訴人が得ていた日額二、一〇〇円の賃金を基準とすべきである。

三  〔証拠関係略〕

理由

一  本案前の抗弁について

1  成立に争いのない甲第六号証(示談書)によれば、昭和四三年九月一三日控訴人と被控訴人安雄との間に、被控訴人虎之助、同清信を連帯保証人として、(1)被控訴人安雄は控訴人に対し(イ)本件事故により控訴人が受けた傷害の治療費の全額、(ロ)一か月金六万二、五〇〇円の割合による六か月分の休業補償費合計金三七万五、〇〇〇円、(ハ)一日金一、〇〇〇円の割合による六か月(一八〇日)の間の慰藉料合計金一八万円、(ニ)一日金二、〇〇〇円の割合による三か月(九〇日)分の看護及び留守居料合計金一八万円、(ホ)入院雑費として金二万五、〇〇〇円をそれぞれ支払うこと。(2)被控訴人安雄は被害車両(自動二輪車)を引取り、控訴人に右と同程度以上の単車を提供する旨の合意がなされた(以上の事実は当事者間に争いがない。)ほか、右示談書の冒頭に、「右合意により、本件事故による損害賠償問題は一切円満解決したので、今後本件に関しては如何なる事情が生じても決して異議の申立て、訴訟等は一切しないことを確認する」旨の文言、およびその末尾に、「医師の診断により、六か月を経過するもなお控訴人が就業できない場合、及び控訴人に後遺症が発生した場合には、控訴人および被控訴人安雄はさらに協議のうえ誠意をもつて示談を成立させる。」旨の文言が記載されていることが認められ、原審における控訴本人尋問の結果(第二回)によれば、右各文言は双方合意のうえ記載されたことが明らかである。右冒頭の合意内容は些か例文めく嫌いはあるが、いわゆる不起訴合意に該るものと解せられるし、また末尾の前記文言よりすれば、右不起訴合意は、六か月経過するもなお控訴人が就労できない場合、および控訴人に後遺症が発生した場合をも含めて、本件事故による全損害にも及ぶものと解されなくもないが、右作成日付によると、右示談書の作成されたのは、本件事故から僅か一〇日後のことであり、全治の見込、後遺症の有無、治療費の総額等のさだかでない時点において、本件事故による損害賠償請求権の全部について不起訴の合意がなされたと解することは、前記末尾の文言を考慮に入れても、当事者とくに控訴人の意思に沿うものとは考えられないし、右甲第六号証と原審証人安部ナミ子の証書(第一、二回)、原審における被控訴人ら三名の各本人尋問の結果を併せ考えると、右示談書作成当時、医師の当初の診断等により、控訴人の受けた傷害は一応六か月(一八〇日)で治癒することが前記和解契約の前提とされていたことが窺われ、この六か月間を限度とする損害の賠償が当事者の意思であつたものと推認されるので、右不起訴合意も、本件事故後六か月(一八〇日)内に生じる一切の損害についてなされたものと解するのが最も合理的であると考える。

2  控訴人は被控訴人安雄に対しては加害車両の保有者として、被控訴人虎之助、同清信に対しては本件事故による損害賠償債務の連帯保証人として、その全損害の内金九〇〇万円の連帯支払を求めるが、控訴人と被控訴人らとの間に、本件事故発生後六か月(一八〇日)内に生じる一切の損害について、不起訴合意がなされたことは前記説示のとおりである。そして、かゝる合意も、起訴しないという不作為義務を生ずる私法上の契約としては有効であり、もし当事者の一方がかかる私法上の不作為義務に違反して訴を提起した場合には、他の一方は、右合意の存在を主張し、権利保護の利益を欠くものとして、右不起訴合意のなされた限度において、その訴を不適法ならしめることができるものと解する。

3  しかして、控訴人の被控訴人らに対する本件訴は、後述のごとく、右不起訴合意のなされた部分に限り、権利保護の利益を欠くものとして却下さるべきである。

二  本案について

1  事故の発生および被控訴人安雄の責任

昭和四三年九月三日午後七時五〇分頃、大分市大字屋山八五四の一先路上において、原付二種カブ号を運転して、東進中の控訴人に、折から対向してきた被控訴人安雄運転の軽四輪貨物自動車が正面衝突し、控訴人が負傷したこと、および同被控訴人が右加害車両の保有者であることはいずれも当事者に争いがない。

そうだとすると、被控訴人安雄は自賠法第三条に基づき、本件事故につき損害賠償義務があるものというべきである。しかしながら、本件事故発生後六カ月(一八〇日)内に生じる一切の損害について和解契約が成立し、その契約内容がいわゆる不起訴合意を含んでいることはすでに説示したとおりである。

2  被控訴人虎之助、同清信の帰責事由

前記説示のごとく、前掲甲第六号証によつても、被控訴人虎之助、同清信が前記和解契約の限度を超えて、被控訴人安雄の本件事故に基づく損害賠償債務を連帯保証したことを認めることはできないし、他にこれを認めしめる証拠はない。そして、右和解契約の内容がいわゆる不起訴合意を含んでいることはすでに説示のとおりである。

3  控訴人の受傷の部位、程度

成立に争いのない甲第二号証の一、二、第三号証、乙第二、第三号証および原審における控訴本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、控訴人は、本件事故の結果、右大腿骨複雑骨折、左脛骨顆部骨折の傷害を受け、事故当日の昭和四三年九月三日から昭和四五年六月一三日まで六四九日間、大分市鶴崎所在の古賀病院に入院して観血的骨接合術の手術、治療を受けたが、全治するに至らず、右膝関節拘縮症の後遺症を残したまゝ同病院を退院し、その後昭和四五年七月一〇日、同病院に一回通院したこと、右後遺症の程度は、右膝関節が一三〇度ないし一七〇度の範囲でしか曲らず、自賠責保険において、自賠施行令別表の障害等級一一級に該当すると認定された程のものであることがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  控訴人の被つた損害

(一)  治療費

(1) 控訴人は、本訴において、昭和四三年九月三日から昭和四五年六月一三日までの六四九日間の入院治療費および同月一四日から同年七月一〇日までの通院治療費(通院実日数が一日にすぎないことは前記認定のとおりである。)に合計金二六七万〇、四〇四円を要した旨主張しているが、控訴人と被控訴人ら間に本件事故発生後六か月(一八〇日)内に生じる一切の損害について不起訴合意がなされたことはすでに説示したとおりであるところ、控訴人の請求する右六か月(一八〇日)間の治療費は分明でないので、便宜上一八〇日と前記入院日数六四九日との比によりこれを算出すると

2,670,404×180/649≒740,635

すなわち金七四万〇、六三五円となる。

ところで、控訴人が被控訴人らから右治療費のうち金一八万九、三八五円の弁済を受けた(右金員が昭和四三年九月三日より同年一〇月三一日までの治療費であることは成立に争いのない乙第四号証によつて明らかである。)ことは、控訴人において自認するところであるから、結局、控訴人は本訴において右六か月の治療費として、差引金五五万一、二五〇円を請求しているものというべきである。しかして、本訴は、右金額の範囲においては、権利保護の利益を欠くものとして却下さるべきである。

(2) 次に成立に争いのない乙第二、第四号証、原審証人荻本仂の証言によると、控訴人が前記古賀病院で加療を受けた治療費の総額は金二六〇万七、二七五円であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

そして、右証人荻本仂の証言によると、右治療費の大部分は未払のままであるが、同病院では、控訴人が即金で支払うのであれば、これを二〇〇万円に減額する意向であることが認められ、また右病院における入院治療期間六四九日は控訴人の前記症状と対比してみてると、些か長きにすぎるようにも思われ、本件事故と右治療費との因果関係に疑問がないではないけれども、余病の発生等特段の事情の認められない本件においては、病院側の減額の意向はあるとしても、一応右治療費の全額を本件事故に基づく損害と認めるのほかはない。

そこで、本件和解契約の対象となつた事故発生後六か月(一八〇日)間に生じた治療費の額について考えるに、その額は分明でないので、前同様一八〇日と入院日数六四九日との比によりこれを算出すると、

2,607,275×180/649≒723,127

すなわち金七二万三、一二七円となる。

しかして、右治療費のうち控訴人が本訴において請求しうる額は右金二六〇万七、二七五円から右金七二万三、一二七円を控除した金一八八万四、一四八円であるというべきである。

(二)  入院雑費

(1) 控訴人は、前記入院日数六四九日間の入院雑費として金一九万四、七〇〇円(一日当り金三〇〇円の割合)を要した旨主張するが、被控訴人らとの間に、本件事故発生後六か月(一八〇日)間に生じる一切の損害について不起訴合意がなされたことは前記説示のとおりであるところ、右六か月(一八〇日)間の入院雑費は合計金五万四、〇〇〇円となること計数上明らかであるから、控訴人は本訴において右六か月間の入院雑費として、金五万四、〇〇〇円を請求しているものというべきである。しかして、本訴は、右金額の範囲において、権利保護の利益を欠くものとして却下さるべきである。

(2) しかしながら、控訴人の入院雑費の請求のうち、右一八〇日分を控除した四六九日分については、これが請求をなしうるものというべきところ、本件程度の受傷において、一日につき金二〇〇円の入院雑費を必要としたことは、当時の経済事情よりみて容易に推認しうるところであるから、控訴人は本訴において、右四六九日間の入院雑費として、合計金九万三、八〇〇円を請求しうるものといわねばならない。

(三)  付添費

控訴人は昭和四三年九月三日より同年一二月三一日までの家族付添費として金一二万円(一日当り金一、〇〇〇円の割合)を要した旨主張するが被控訴人らとの間に、本件事故発生後六か月間に生じる一切の損害について不起訴合意が成立したことはすでに説示したとおりであるから、本訴は、右金一二万円全額について、権利保護の利益を欠くものとして却下さるべきである。

(四)  逸失利益

(1) 控訴人は、本訴において、昭和四三年九月三日から昭和六七年一二月三一日までの控訴人の逸失利益は合計金六二七万一、二七四円であると主張するが、被控訴人らとの間に、本件事故発生後六か月(一八〇日)内に生じる一切の損害について、不起訴合意がなされたことは前記説示のとおりであるところ、右金額のうち右六か月(一八〇日)間の逸失利益が金二八万六、三六三円(2100×25×6×0.90900≒286,363)であることは、控訴人の逸失利益算出の方法に照して明らかである。

ところで、控訴人が被控訴人らから休業補償費として金六万二、五〇〇円の支払を受けたことは被控訴人の自認するところであるから、結局、控訴人は本訴において、右六か月間の逸失利益として右金二八万六、三六三円から右金六万二、五〇〇円を控除した金二二万三、八六三円を請求しているものというべきである。よつて、本訴は、右金額の範囲において、権利保護の利益を欠くものとして却下さるべきである。

(2) 次に、成立に争いのない甲第二号証の一、二同第一一号証、原審における控訴本人尋問の結果(第二回)によつて成立を認める甲第四号証、同第五号証の一、二、右控訴本人尋問の結果(第二回)によれば、控訴人は昭和九年六月八日生れの働き盛りの男性で、本件事故当時左官を業とし、一日当り金二、一〇〇円ないし金二、八〇〇円の日当を得て、月平均二五日間稼働していたが、本件事故の結果昭和四五年九月まで稼働できず、さらに後遺症として前記のごとく右膝関節が一三〇度ないし一七〇度の範囲でしか曲らないため、左官業の廃業を余儀なくされ、昭和四五年一〇月から昭和四七年三月まで光工業なる会社に倉庫番として就職、日給一、四〇〇円で月平均二五日間働き、同年四月東亜外業なる会社に同じく倉庫番として雇用され、日給二、二〇〇円で、月平均二五日間働いていることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

ところで、逸失利益の算定にあたつては、控訴人主張のように、控訴人の事故後における実収入と左官業による得べかりし利益との差額を求める方法も一理はあるが、今後の就職、転職の態様とこれによる収益の多寡は予想し難いものであるから、むしろ退院時たる昭和四五年六月に前記後遺症の症状の固定があつたものとし、それ以後は従前の左官収入に対する前記後遺症の障害等級一一級の労働能力喪失割合たる二〇パーセント(昭和三二年七月二日基発第五五一号労働省労働基準局あて通達による)をもつて逸失利益とする方がむしろ事理に即した方法であると考える。

そして、その算定にあたつては、左官収入の基準額を、前掲事故当時における賃金の平均額たる日額金二、四五〇円と定め、控訴人が満六〇歳に達する昭和六九年六月七日まで、右と同一賃金で働くものとし、右賃金額を毎年九月二日一括支払を受けるものとして、事故時である昭和四三年九月三日現在における右賃金額の現価総額を求めることが便利かつ合理的であると考えるので、かかる前提のもとに、ライプニツツ複利式計算法により中間利息を控除して、右昭和四三年九月三日現在における控訴人の逸失利益(ただし、事故後六か月(一八〇日)間の逸失利益については、前記のごとく不起訴合意がなされているのでこれを除く)の現価総額を計算すると、別紙計算書のとおり金二七五万九、九三一円となる。

(五)  慰藉料

(1) 控訴人は、本訴において、本件受傷により金一五〇万円の慰藉料債権を取得した旨主張しているが、被控訴人らとの間に、本件事故発生後六か月(一八〇日)内に生じる一切の損害について不起訴合意がなされたことは前記説示のとおりであるところ、そのうち右六か月間の慰藉料額が明らかでないので、右慰藉料の総額より控訴人が自賠責保険から受領したことを自認する金四五万円(控訴人の後遺症の障害等級が自賠施行令別表の一一級であることは前記認定のとおりであるから、右金四五万円は右後遺症に対する慰藉料として給付されたものと推認する。)を控除した金一〇五万円について、前同様、一八〇日と入院日数六四九日との比によりこれを算出すると

1,050,000×180/649≒291,217

すなわち金二九万一、二一七円となるから、控訴人は本訴において右六か月間の慰藉料として金二九万一、二一七円を請求しているものというべきである。しかして、本訴は、右金額の範囲においては、権利保護の利益を欠くものとして、却下さるべきである。

(2) そして、前記認定の傷害の部位、程度、入院日数、後遺症の程度等諸般の事情を考慮すると、控訴人の本件受傷による慰藉料の総額は金一七〇万円をもつて相当と認める。

そして、本件事故発生後右六か月(一八〇日)間の慰藉料の額は、本件受傷の程度、入院日数等を勘案すると金七六万円をもつて相当と認めるから、結局控訴人が本訴において請求しうる慰藉料の額は金九四万円となる。

(六) 弁護士費用

本件の請求認容額、事案の難易等本件訴訟にあらわれた一切の事情を勘案すれば、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては金五〇万円をもつて相当と認める。

4  損害の填補および弁済

控訴人が保険会社から自賠責保険金四五万円、被控訴人らから治療費のうち金一八万九、三八五円、休業補償費のうち金六万二、五〇〇円の各支払を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第九号証ないし第一四号証、原審証人安部ナミ子の証言(第一、二回)、原審における控訴人(第二回)および被控訴人安部安雄の各本人尋問の結果を総合すると、結局控訴人は被控訴人らから、前記和解契約における休業補償費三七万五、〇〇〇円、慰藉料一八万円、看護及び留守居料一八万円、入院雑費二万五、〇〇〇円の全額の支払を受けたほか、治療費として前記金一八万九、三八五円、また右和解契約以外の休業補償費として金一〇万二、五〇〇円の支払を受け、さらに保険会社から前記自賠責保険金四五万円の給付を受けたことがそれぞれ認められる。

そうだとすると、右金一〇万二、五〇〇円および金四五万円の合計額金五五万二、五〇〇円は前記3の(一)ないし(六)の損害の合計額六一七万七、八七九円から控除されるべきである。

5  健康保険使用の合意について

被控訴人安雄は、昭和四四年六月頃、控訴人と同被控訴人間に、控訴人の治療費はまず自賠責保険金をもつてこれに充て、不足分は控訴人の日雇労働者健康保険によることとし、同被控訴人には請求しない旨の合意が成立した旨主張するが、原審証人安部ナミ子の証言(第一、二回)によつても、いまだ、右当事者間に被控訴人安雄主張のような合意が明確に成立したものと確認することはできないし、他に右主張事実を肯認しうる証拠はない。いま仮りに、右当事者間に同被控訴人主張のごとき合意が成立したものとしても、医師が健康保険の使用を嫌う風潮の強い昨今において、実際上、患者である控訴人が右合意の履行として、どの程度、健康保険の利用を医師に要求しうるか疑問であるから、結局のところ、右は履行責任を伴なわない任意の合意と解すべく、これをもつて、訴訟上の抗弁とはなしえないものと解するのが相当である。

右のとおりだとすると、控訴人の損害のうち、被控訴人安雄に賠償を請求しうる額は、前記損害填補後の金五六三万五、三七九円というべきである。

三  結論

以上のとおりだとすると、控訴人の被控訴人らに対する本件訴はいずれも金一二四万〇、三三〇円(前記二の4の(一)の(1)の金五五万一、二五〇円、同(二)の(1)の金五万四、〇〇〇円、同(三)の金一二万円、同(四)の(1)の金二二万三、八六三円および同(五)の(1)の金二九万一、二一七円の合計額)の限度において却下すべく、被控訴人虎之助、同清信に対するその余の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであるが、訴却下の判決は請求棄却の判決に比し、控訴人にとつて有利であるから、控訴審における不利益変更禁止の法理により、控訴審においては、訴却下の原判決を一部取消してその部分につき請求棄却の判決をなすことはできない(なお、右の請求を棄却すべき部分については、すでに原審において実質的な判断がなされていて、審級の利益を失うものでもない。)ので、控訴人の本件控訴中、被控訴人虎之助、同清信に関する部分は控訴を棄却すべきである。また被控訴人安雄に対するその余の請求は、金五六三万五、三七九円と、これに対する本件事故発生の日の翌日たる昭和四三年九月四日から支払いずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において正当であるから、これを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。しかして、同被控訴人に関する部分は一部理由があるから、原判決を主文第二項記載のとおりに変更することとする。

よつて、民訴法第三八四条、第三八六条、第八九条、第九六条、第九二条本文、第九三条第一項本文、第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田一隆 鍬守正一 松島茂敏)

計算書

(単位円、円未満切捨)

1 昭和44年3月3日~同年9月2日

2,450×25×6×0.9523≒349,970

2 昭和44年9月3日~昭和45年9月2日

(2,450×25×10+2450×25×2×20/100)×0.9070≒577,759

3 昭和45年9月3日~昭和46年9月2日

2,450×25×12×20/100×0.8638≒126,978

4 昭和46年9月3日~昭和47年9月2日

147,000×0.8227≒120,936

5 昭和47年9月3日~昭和48年9月2日

147,000×0.7835≒115,174

6 昭和48年9月3日~昭和49年9月2日

147,000×0.7462≒109,691

7 昭和49年9月3日~昭和50年9月2日

147,000×0.7106≒104,458

8 昭和50年9月3日~昭和51年9月2日

147,000×0.6768≒99,489

9 昭和51年9月3日~昭和52年9月2日

147,000×0.6446≒94,756

10 昭和52年9月3日~昭和53年9月2日

147,000×0.6139≒90,243

11 昭和53年9月3日~昭和54年9月2日

147,000×0.5846≒85,936

12 昭和54年9月3日~昭和55年9月2日

147,000×0.5568=81,849

13 昭和55年9月3日~昭和56年9月2日

147,000×0.5303=77,954

14 昭和56年9月3日~昭和57年9月2日

147,000×0.5050=74,235

15 昭和57年9月3日~昭和58年9月2日

147,000×0.4810=70,707

16 昭和58年9月3日~昭和59年9月2日

147,000×0.4581=67,340

17 昭和59年9月3日~昭和60年9月2日

147,000×0.4362≒64,121

18 昭和60年9月3日~昭和61年9月2日

147,000×0.4155≒61,078

19 昭和61年9月3日~昭和62年9月2日

147,000×0.3957=58,167

20 昭和62年9月3日~昭和63年9月2日

147,000×0.3768=55,389

21 昭和63年9月3日~昭和64年9月2日

147,000×0.3589=52,758

22 昭和64年9月3日~昭和65年9月2日

147,000×0.3418=50,244

23 昭和65年9月3日~昭和66年9月2日

147,000×0.3255=47,848

24 昭和66年9月3日~昭和67年9月2日

147,000×0.3100=45,570

25 昭和67年9月3日~昭和68年9月2日

147,000×0.2953=43,409

26 昭和68年9月3日~昭和69年6月7日

(2,450×25×9×20/100+2450×25×5/30)×0.2812=33,872

計 2,759,931

以上

更正決定(昭和五〇年七月一〇日)

控訴人 入田猛

被控訴人 安部安雄

同 安部虎之助

同 安部清信

右当事者間の当庁昭和四九年(ネ)第六三四号損害賠償請求控訴事件について、当裁判所が言渡した判決に明白な誤謬があつたので次の通り更正する。

主文

判決書一五枚目裏六行目から七行目にかけておよび同一六枚目表一〇行目から一一行目にかけて各「金五六三万五、三七九円」とあるのを、「金五六二万五、三七九円」とそれぞれ更正する。

(裁判官 中池利男・鍬守正一・綱脇和久)

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